揮発性

なんにも残らない

かっこのつけかた


 1年前の8月3日、朝。私は爆睡していた。前の晩に夜更かしをしたせいで、家族が身支度をする中、ひとり爆睡していた。
 当時の私は転職先も決めないまま仕事を辞め、ダラダラとニートをやっていた。今思えば、毎日何をやっていたのかさっぱり思い出せない。ただ、あの日のことだけはよく覚えている。
 いつも温和な姉*1がドタドタと足音を立てて2階へ駆け上がってきた。ぼんやりとした頭で、ああ忘れ物でもしたのかなと思ったけれど、そうじゃなかった。私をたたき起こすためだった。文字どおり、私を殴るくらい、ものすごい勢いで。

 起きて!あっちゃん起きて!
 北山さんが結婚したよ!!!!

 もし私がスッキリ目を覚ましていて、朝食を食べ終わった後なら、冷静に「は?何言ってんの?」くらい返せたかもしれない。しかし、ゆらゆらと意識が首をもたげ始めたばかりの私に、そんな余裕は無かった。「きたやま」「けっこん」だけで反射的に飛び起きる。あれは最早、訓練の賜物だと思う。北山陽一という名前に反応する訓練。7年くらいかけて培った能力。
 枕元のiPhoneをひっつかんで、ブックマークの一番上にある「GosTV」のURLをタップする。指先が震えていることに気がつく。つながらない。サーバーが落ちている。こういう時のツイッターだとアプリを開くと、タイムラインは驚きと祝福で溢れかえっていた。……ああ、本当なんだ。首回りの寝汗が、スッと引いていくような感覚があった。
 そこから、北山さんは独身ではなく既婚者として私の世界に存在するようになった。北山陽一(既婚)の世界線が始まった。パラレルワールドでも妄想でもない。現実。すごい。
 それ以前から、気の合う仲間とよく「北山さんはいつ結婚するのかなあ」「公式サイトに早く『大切なお知らせ』バナーを出してほしい」「明朝体のやつね」と言っていたが、いざ現実になるとものすごい衝撃。しかもお相手はピアニストの佐田詠夢さん。さだまさしさんのお嬢さん。現実はいつも妄想を超えてくる。

 私がゴスペラーズのファンになったのは2008年なので、メンバーの結婚報道に直面したのは初めてのことだった。つまり、自分のリアクションは未知数だった。
 もともと私の周りでは、先述のような悪ふざけが言えるくらい、結婚に対して歓迎モードだった。しかしそれでも、「推しメンバーの結婚」という未体験ゾーンへの不安は拭いきれなかった。知らないものに対して不安なのは、誰だって同じだ。
 そして、ある日突然やってきた「それ」は、「キャーーーーーーおめでとう!!」でも「やだーーーーーーーー!!わたしの陽ちゃんが!!」でもなかった。あの日の私は、ものすごく、穏やかだった。ただただ、じんわりと胸があたたかくなった。自分の大好きな人が、幸福を追求している。こんなにうれしいこと、他にあるんだろうか。

 階段を駆け下りて、朝の報道番組をザッピングしたあと、朝以降の芸能コーナーがある報道番組をあらかた録画予約する。ツイッターで今日買うべきスポーツ紙に目星をつけると、私は淡々と朝食を摂り始めた。あまりの冷静さに、私のゴスに対する熱中っぷりを知る家族は驚いていた。
 ただツイッターの様子を見ていると、やはりメンバーの結婚にショックを受けたり、落胆する人がいるのも事実だった。わたしのように淡々と受け止める人もいれば、寂しく思う人もいる。正しいとか、間違っているとか、本当のファンならどうすべきとか、そういうのはないと思う。いずれにせよ、私たちは彼らから夢を買っているに過ぎないのであって、その夢の中身は人によって違う。

 ゴスペラーズは、ヴォーカルグループでソングライターで40代なかばのおじさん5人組だけど、ショウマンでありアイドルなのだ。
 イクメンだのなんだのと騒がれて久しい世の中で、ゴスペラーズはびっくりするくらい子どもの話をしない。子どもどころか配偶者の話もしない。テレビでも雑誌でも、ファンクラブ会報でさえも。なんなら仕事中は結婚指輪を外している。レコーディング現場の映像で安岡さんが指輪をしていると、珍しいものを見たようでめtttっちゃ興奮する。話がそれた。
 ファンに見せるところと、見せないところの間に、大きくて分厚い壁がある。それは他の芸能人でも同じだけれど、ゴスペラーズは特にその壁の存在が分かりやすいというか、あえて分かりやすくしている感じすらある。なんてったって、ゴスペラーズは基本的に「かっこつけている」のだ*2
 そりゃコミカルな振り付けもあるし、コントみたいな芝居もするし、MCは全力で笑いを取りに来るけれど、それらはあくまで「こういう一面もあるんですよ」という芸の幅広さの表れなのであって、5人が揃いの衣装でバッチリキメて歌えることが前提にある。それはヴォーカリストとしての技術が伴わないとできないことだ*3
 若い男の子たちみたいに「かっこいいからかっこいい」とか「かっこつけないところがかっこいい」んじゃなくて、「かっこつけてるからかっこいい」。そんな人たちがいたっていいじゃないか。どれだけ世の中が「いい夫・いい父=かっこいい」という流れになっても、姿勢を崩さない5人が、私は好きなのかも、とここまで書いて思った。奥さんや子どもの話をされたところで、別にがっかりしないしイメージが崩れるようなことはないけれど、5人が触れないと言うのなら、私はその壁をハイハイと受け入れる*4

 1年間のことを思い出しながらブログを書いていたら、なぜか「ゴスペラーズのかっこつけかた」の話になってしまった。
 1年目の結婚記念日は、紙婚式というらしい。最後になりましたが、北山陽一さん・詠夢さん、紙婚式おめでとうございます。

 

 

*1:彼女は特にゴスのファンってわけではないです。ライブには何度か連れて行ったのでメンバーの顔と名前は分かります

*2:「永遠に」が売れる前、お笑い深夜番組に出ていた話は置いておいてほしい

*3:演奏がへたくそなコミックバンドほど悲惨なものはない

*4:でもたまには家族の話をしてくれたっていいんだよ!なごむから!私が!