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揮発性のことば

なんにも 残らない

初演の衝撃・「あなたに逢いたくて」

フィギュアスケート レポート 町田樹


 長文を書きたくなった時だけブログを更新しているので、見てくださる方もいらっしゃらないと思うけれど、とにかく文に残しておきたかった。
 公演回数を重ねれば、他の方の感想も読めるようになるだろう。自分の解釈との相違点も出てくるだろう。でも、今書いておかねば、と思った。

 プリンスアイスワールド2016横浜公演初日。
 どうしても、町田さんの新作をこの目で見たくて、会場へ足を運んだ。
 昨年と同様、初演の最初の1秒まで、曲名も衣装もコンセプトも一切非公開の新作を、何も知らないまま受け止めてみたかった。
 ショーも終盤にさしかかったゲストコーナー、大きな拍手と歓声が止んで流れてきたのは、聞き覚えのあるバラードのイントロだった。

 ──え、音響さん、これ……町田さんの後に流す曲じゃないの?

 今年のPIWのテーマが「J-POPS!」だったために、最初はそんなことを考えてしまった。でも、リンク北側に佇む町田さんは、南側の誰もいないスポットライトに向かって、ゆっくりと滑りだす。
 私は、音楽に精通している方ではない。フィギュアスケートを見るのは大好きだけれど、初見ですぐに「あ、あの曲だ」と分かるのは稀だ。
 そんな私でも知っている、なんならソラで歌える。松田聖子さんの「あなたに逢いたくて 〜Missing You〜」だった。
 2014-2015シーズンから、試合でもボーカル曲を使えるようになったフィギュアスケート。当時町田さんは「歌詞があるということは、言語化されているということ。歌詞に『悲しい』って言葉が入っていたときに、『うれしい』という表現はもはやできない。そういう意味では表現の自由は狭まるかもしれない。*1」と話していた。そして現役最後のフリープログラムに選んだのは、ポップスでもオペラでもなく、第九の合唱だった。
 そんな彼が、ソロボーカルの曲で滑るのも驚きだったし、まさか日本語の歌詞を選ぶなんて想像していなかった。失礼を承知で言えば、正直選曲に対して「町田樹っぽくない」とさえ思っていた。

 振付、身体の動き、技術などは相変わらず町田さんのカラーが濃く出ている。しかし、人間離れした印象だった「継ぐ者」から急ハンドルを切ったような、強烈な人間臭さを感じた。昨年は感想に「見ちゃった」という言葉を選んだが、今年は「見ちゃいけない」と思ってしまうほどの、艶めかしさ、生々しさがあった。
 「フルコーラスで滑った」「まさかすぎる」「なんか、なんか、よく分からないんだけど、ものすごく色っぽい」口元を撫でる指先、北へのたっぷりとした美しいイナバウアー、要所要所のジャンプ、最後の膝を抱える表情。10ヶ月半ぶりに生で見た町田さんの演技は情報量が多すぎて、とにかく頭がキャパオーバー状態になっていた。終演後、公式サイトに今回の作品への思いが綴られていたが、とても頭に入ってくる状態ではなく、私はくらくらしたまま午後の公演を見る羽目になった。

 その日の夜、酒を舐めるように少しずつ少しずつ公式サイトのコメントを読み進めた。「二次創作」という言葉を交えながら語られるそれは、いっぱいいっぱいになっていた私の頭の中に、隙間を縫って染み込んでいった。

 「歌詞をそのまま表現する人でなく、歌声に『応答する』人として位置づけます。」

 では、その「応答する人(=踊る人)」が露わにしているのは、歌詞そのものでなければ何なのか。帰りの高速バスに揺られながら、考え込んでしまった。
 J-POPのキャッチーな歌詞とメロディは、訳さずとも耳にするだけで直に感情を揺さぶり、強く頭に残る。様々な歌詞に出てくる「私」「ぼく」「君」「あなた」に、自然と己や誰かを重ねてしまう。今回のPIWにはJ-POPがふんだんに使われていて、その曲を聞いていた当時の自分を思い出す人も多いと思う。J-POPには、そういった強みがある。ともするとこのプログラムは、「あなたに逢いたくて」に触れた時の町田さんの感情の起伏や、呼び起こされる記憶が、あまりフィルターを通さずそのまま溢れてきているのではないか。
 桐原亮司のような物語の登場人物や、シラーの詩を表現するのとは違う。歌詞の「私」をそのまま演じるのも、少し違う。この楽曲が町田さんの琴線にふれた時に湧いてくる感情、思い出、頭によぎる誰かのことが、「応答する人」の身体表現に昇華されて、氷上に横たわる。そういう意味では、今までのプログラム群の中でも一番「町田樹っぽい」像が、私たちの目の前に現れている。私は、初めてこのプログラムを見たときに感じた異様な生々しさ・人間臭さの理由を、そこに見出すことにした。
 町田さんにしては珍しく、演技中にアクセサリーをしているのも気になった。もしあれが日頃から愛用しているものなら、なおさら「フィギュアスケーター町田樹」よりも内側の「ふつうの大学院生・町田樹」に近い作品なのではなかろうか。(オープニングでも身につけていたし、このあたりは推測もいいところなので軽く読み流してほしい)

 いち個人の勝手な解釈なので、町田さんの意図に反するところもあると思う。というか、絶対ある。1週間もすれば私の考えも変わっているかもしれない。現に、1年前に書いた記事は今読むと削除したくなるほど恥ずかしい。でも、それでいいと思う。初演で受けた衝撃を書き残しておけるのは、今だけなのだから。

 

 

*1:【言葉ってすごいねII(1)】言っちゃったよ、ビッグマウスで崖っぷちに追い込んだ…町田樹の物語 - 産経WEST

http://www.sankei.com/west/news/140628/wst1406280064-n1.html