読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

揮発性のことば

なんにも 残らない

4/26 PIW感想・「継ぐ者」に寄せて

フィギュアスケート 町田樹 レポート


 4月26日、新横浜スケートセンターにて「プリンスアイスワールド(PIW)2015」を鑑賞してきた。

 町田さんが氷上に帰ってくる。そんなニュースが飛び込んできたのは2月のこと。いわば1年ぶりの逆バレンタインだった。喜びのあまり、スケジュールなど一切考えずにS席を取ったのだけれど、縁あってEXシートの2列目に座る事になった。憧れの氷上席!私は期待に胸を膨らませながら、朝一番の特急列車に乗り、新幹線を乗り継いで、新横浜へ向かった。
 新横浜スケートセンターは初めてだったが、テレビで何度も見ていたため、周囲の様子も何となく見覚えがあった。「全日本ジュニア、この辺の道端で羽生さんが練習をしていたな」「去年、あの窓を背にインタビューを受けていたな」と思い出しながら、入場待機列に並んでいた。
 中に入ると、分かってはいたが、町田さん宛のスタンド花が1台も無い。去年、ファン同士で集まってお花を出したことを思い出し、一抹の寂しさを覚えた。外の快晴が嘘のように肌寒い。でも皆そんなのお構いなしに、まだかまだかと開演を待っていて、高揚した空気で会場は充満していた。

 PIW自体初めての鑑賞だった。プリンスアイスワールドチームのグループナンバー、今村ねずみさんの演出、本田武史さんや荒川静香さんら豪華な面々。今回はEXシートだったので、終演後にスケーターさんへ直接花束を渡したり、少しお話もできる「ふれあいタイム」もある。日本で長く続いているゆえに、他のアイスショーとは違う楽しみが沢山あった。
 滑った後に吹いてくる風やエッジの音、しぶき、その臨場感に寒さも忘れ、ドキドキしっぱなしの2時間だった。「ラブ&シネマ」のテーマに沿って、ときにはお客さんを車に乗せ、氷上に連れ込む。緩急のある演出はちっとも間延びしない。荒川さんはルックスも技術も、本当に半年前に出産されたのかと思うほどだった。個人的には太田由希奈さんの演技がとても印象的で、ジャンプがなくてもスケーティングやスピンでこれだけ魅せることができるのかと驚いた。PIWへの出演は今回が最後だと聞き、とても残念に思う。

 全体の感想もまだまだ書きたいのだけれど、町田さんの新しいプログラムについて書きたい。
 私は、新横浜へ向かう新幹線の車内で、既に公演を観た人のツイートに目を通していた。
 シューベルト「4つの即興曲 D.899 Op.90-3 変ト長調」をノーカットで使っていること。ゆえにフィギュアスケートのプログラムとしては異例の6分弱もあること。そして、「継ぐ者」という名前。終演後は、観客と言葉は交わさず、リンクをサッと1周してすぐにハケてしまうこと。(公演を重ねるごとに周回が増えたりゆっくり回ってくださったり、このあたりは変わっている模様)
 「町田さんはプレゼント・花束・手紙など一切を受け取らない」というのは事前に告知され、もともと何も用意していなかったが、鑑賞後ほやほやの感想を直接伝えられないのは残念だな……という気持ちも正直あった。もうそれでしか、町田さんに演技の感想を伝える術は無いと思っていたから。

 しかし、そんな私の考えは、あの6分間で完全に打ち砕かれた。

 単に贈り物の辞退のこと、今回のふれあいタイムのことだけではない。この4ヶ月間、私の中で燻っていた「まだまだ競技の第一線で戦えるはずなのに」「せめて引退前に、すべての要素が揃った第九が見たかった」「なぜ今?」「どうして?」という気持ちさえ、全部粉々になってしまった。
 あの演技が、町田さんからの答えだった。彼が今やりたいのは、こういうフィギュアスケートなんだ。そして、それはどうしても競技の枠に収まりきらなかったんだと、あっさり腑に落ちた。突然の引退も、あれきり皆の前から姿を消したのも、本人から何も語られなかったのも、すべて必然だった。もう花束も言葉もいらなかった。滑り終わった瞬間、客席から湧き上がる拍手とスタンディングオベーションで、私たちと町田さんとのやりとりは完結していた。それくらい「継ぐ者」は衝撃的だった。

 終演後、私の口から漏れた第一声は「見ちゃった」だった。鑑賞というより、目撃に近い感覚。そっと息を殺し、自分の存在を消し、少しでも声を漏らしたら消えてしまうのではと思うほど、町田さんは会場の空気を支配していた。ペンライトを振る余裕など無かった。私はあまりバレエに詳しくないので、細かい技や動きの名前は分からないのだけれど、本当に氷の上でバレエダンサーが舞っているようだった。ところどころ、過去のプログラムを彷彿とさせるような振り付けもあり、今まで町田さんが歩んできた道程と、これからが交差するようなプログラムだと思った。ひらひらと風と戯れるようなレイバックスピンが目に焼きついて離れない。

 あれから、「『継ぐ者』とは誰だったんだろう」と考え込んでしまう。第九の作曲者・ベートーヴェンを慕ったシューベルトかもしれないし、フィギュアスケートの歴史の中の町田樹本人かもしれない。生きとし生けるすべての命だとすれば、そこから転じて私自身のことかもしれない。きっと正しい答えは無い。
 家に居ながら無料で何でも見聞きできるご時世に、チケットを買い、時間をやりくりし、会場へ足を運んで席に着き、演者と観客と空気を共有する。その後で、あれは何だったんだろう、自分に何が残るのだろうと考える。そして自分なりの答えを血肉にしていく。それが、あのプログラムの、ひいては町田さんが目指す舞台芸術の本質なのかもしれない。都合のいい解釈だけれど、そう思うと、ご本人に感想を伝えてわざわざ答え合わせをする必要は無いな、という結論に至った。

 アスリートはどうしても「選手時代が頂点、戻れるものなら戻ってほしい」という風潮があるが、PIW鑑賞後は、町田さんに対しそのような気持ちも消えてしまった。代表に選ばれた世界選手権を辞退し、大西コーチにも当日伝えたという、あの引退。惜しむ声も批判も沢山あったと思う。実際、来シーズンの世界選手権の代表枠が減ったことに絡めて批判をしている記事も目にした。それらも含めて黙らせてしまうような、「このタイミングでなければいけなかった」と言わんばかりの、身を削るようなプログラムと演技だった。点数に縛られなくなった今なお、技術がなおざりということは全くなかったからだ。助走を限りなく短くして突然跳ぶ3回転ジャンプや、6分滑りきるだけの体力の維持は、現役選手でも難しい。キャメルスピンなんて前よりきれいになってるんじゃないかと思った。仮に身体的限界が来るまで選手生活を続けたとして、その後に「はい、自由に作品を作っていいですよ」となっても、これだけ体力も技術もいるプログラムを、今のようなクオリティで観ることができただろうか。

 たしかに引退したのに「引退」という言葉がそぐわないと感じてしまうほど、町田さんは新しい段階へ進んでいた。競技の延長線ではなく、フィギュアスケートを純粋な身体表現、総合芸術に昇華しようとしている。現役選手たちが、より難しいジャンプや得点でフィギュアスケートを進化させるように、別の方向からフィギュアスケートを進化させる、新しい挑戦。これからへの期待で胸がいっぱいになった。
 大学院へ進み、研究者への第一歩を踏み出した町田さん。コーチでも振付師でもプロスケーターでもない、轍のない道。ちょうど1年前、雑誌のインタビューで「今、僕のやることなすこと『は?』とハテナマークで反応されがちです。でも道を切り拓く、最初の人間ってそういうもの。僕に続く人が現れてくれれば、これ以上の幸せはありません」と話していたのを思い出す。今はまだ、長い長い物語の、新章が始まったばかりなのだと思う。5年、10年、20年経ったころ、鮮やかな伏線回収が待っている気がしてならない。