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揮発性のことば

なんにも 残らない

「前略プロフィール」とバーチャル墓参り

お題 自分語り

今週のお題「恋バナ」
※いつの間にか木曜の午後になっていて、もう新しいお題になってしまったのですが許してください。


 今の自分にとって一番縁遠い話題だなとも思ったけれど、裏を返せば「きっかけがないと書けない話題」だ。なので、はてなに甘えて昔話をしたい。

 「前略プロフィール」。私と同年代の人なら一度は見たことがあると思う。知らないという若い方は調べてみてほしい。いくつかの設問に答えるだけで自分のプロフィールページが作れるWEBサービスで、個人でケータイサイト*1を持っている子は、この「前略」でプロフィールページを作り、自己紹介としてリンクを貼った。
 リンク先に書いてある通り、「前略」が2016年の9月に終了した。私も昔プロフィールを作っていて、思い出すのも恥ずかしいことを書いていたが、その黒歴史が消える喜びより先に思い出す名前があった。高校時代、友達の友達だったUだ。
 私は、Uにこっそり想いを寄せていた。同じバンドが好きで、成績は良くないけど博識な人だった。Uを介して知った音楽や小説がたくさんある。先に書いたとおり友達の友達なので、廊下で会ったらちょっと立ち話するとか、グループで遊ぶ程度の仲。ちょうど現実世界の交友関係がインターネットに持ち込まれ始めた時代だったけれど、何の用もないのにメールのやり取りをすることもなかった。当時の私は自意識過剰な上、見た目にコンプレックスがあって、友達に協力を頼むようなこともできずにいた*2
 高校のほぼ3年間、ずっとUのことが好きだったのに、結局何もないまま卒業した。それからは1回も会ってない。

 Uも「前略」を使っていたのを思い出して、なんとなく、彼の高校時代のニックネームで検索してしまった。
 何年もアクセスしていなかったのが嘘みたいに、拍子抜けするほど簡単に、Uのプロフィールは見つかった。本人もプロフィールを作ったことすら忘れているらしく、当時の写メがそのまま使われている。変わったのは、そのページを見ているツールがdocomoMOVAからiPhone6sになったことと、私が歳をとったことくらいだろう。
 彼は元気だろうかとか、好きって言えばよかったとか、そんな甘酸っぱい気持ちよりも「まだプロフィールが残っていたんだ」という驚きが大きかった。インターネットを使わない日は無いはずなのに、同じ空間に、何年も触れることのないままそれらが残っていることに驚いた。

 なんだか、墓参りみたいだ。
 ちょっと前に話題になった、バーチャル墓参りを思い出した。自分の家の墓が徒歩圏内にある私は、この話を初めて聞いた時「なんじゃそら」と思ったけれど、きっとこんな感覚なのだろう。遠くへ行ってしまった人を思い出して、その人の気配が残っている場所に向かう、この感じ。宇宙みたいに広いインターネットで、Uのプロフィールは、現在の私の日常と地続きに存在していた。本来であれば、見ようと思えばいつでも見られたはずなのだから。なのに、盆だの彼岸だのきっかけがなければ、その存在すら思い出さなくなっていた。
 聞こえは悪いが、「前略」は霊園になっていたのかもしれない。黒歴史と言ってしまえばそれまでだけど、誰かの数年前の思い出が何万人分も埋まっている。でも、もう誰もそこへ思いを巡らせることはなかったし、見に来ることも無くなっていたのだ。無縁墓ってやつだ。無縁墓は、片づけるしかない。

 WEBサービスは流行り廃りが激しくて、儲からなくなればすぐ消えてしまう。こうやって私は、今後ますます彼を思い出さなくなるし、同じようにたくさんの人やものを思い出さなくなっていくだろう。
 Uのプロフィールを閉じて、さっさとツイッターのタイムラインに戻った。未読のツイートがたんまり溜まっていた。いつかツイッターも、同じように人がいなくなってしまうのだろうか。

*1:そう、魔法のiらんど

*2:今思えば態度でバレバレだったと思うけれど

2016年現場まとめ

ゴスペラーズ スピッツ フィギュアスケート

 ものすごく今更な感じもするけれど、去年行った現場とかあれこれをまとめておこうと思う。
 2015年の秋から2016年の3月までは勉強にあてていたため、空白期間になっている。まさかこの歳になって平日毎日学校へ行くとは思っていなくて、とても貴重で充実した時間だった。試験には落ちたけど。なので2016年は実質9ヶ月くらいの現場記録になっている。


 4月25日
 GOSMANIAファンの集い2016@ZeppNAMBA

 ゴスのライブはほぼ1年ぶりだった。
 1人足りないゴスを見るのはテレビでもつらくて、北山さんが休養を発表して以降、ライブから足が遠のいていた。
 久しぶりの現場は前となにも変わってなくて、友人たちも変わらず接してくれた。本当にありがたい。開演前から緊張で手汗が止まらず、隣の席の見ず知らずのお姉さんにまで心配されてしまった。「北山さんが復帰してから初めてのライブなんです、手紙も書いたんです」って言ったら「早くボックスに入れておいで!」と言ってくれた。みんなが優しい。ステージの上には、私の大好きな5人がいた。1曲目の1音目で緊張は吹っ飛んで涙が止まらなくなった*1。5人がそこにいることが、いかに当たり前で当たり前じゃないことなのかを痛感する公演になった。泣いて笑って泣いて、帰り道のゴミゴミしたなんばの街がキラキラして見えた。
 今年はいよいよ大型ツアーが始まる。この「どこへ行こうか」と計画する感覚、本当に久しぶりでワクワクする。


 4月29日 AM/PM
 5月5日 AM/PM
 Prince Ice World 2016 inYOKOHAMA@新横浜スケートセンター

 町田さんの出演情報の変更などがあって、GW中に夜行バスで東京2往復という鬼スケジュールになった。体力的にも金銭的にも、二度とこんなことはしまいと心に誓った。でも譲りに出さず自分で行ってよかったなと思う。
 プリンスチームの演技にゴスの「ロビンソン」、テレビ放送には乗らなかったけれど最後にオールキャストで挨拶をする時に「夢伝説」が使われていてとても嬉しかったし、初演では客席でひとり興奮してしまった*2
 当日券に並んでいたら、春香クリスティーンさんも列に並んでいた。テレビでは政治オタクな「かわいいけれどちょっと残念」的扱いをされているけれど、顔が小さく色白で、テレビで見るよりずっと華奢で、スケオタの群れの中で一人ピカピカと光っていた。町田ファンだと聞いて親近感を持っていたけど、そんなものを持ってるのが申し訳ないくらい、とってもかわいい女の子だった。それにしても都会って本当に芸能人が道を歩いてるんだな。


 7月16日 PM
 7月17日 AM
 Prince Ice World 2016 inTOKYO@東伏見ダイドードリンコアイスアリーナ

 これを書いている今でも、なぜこのタイミングで東京まで行ったのか、自分でも分からない。この頃ちょうど仕事が決まり、頭がお花畑状態だったのだと思う。オープニングの町田さんの立ち位置が横浜から変わっていて、16日午後は恐ろしく近かった。戻りで買ったチケットだったけど、本当ラッキーだったなと思う。
 本音は18日の社会調査に参加したかったけれど、泣く泣く東京を後にした。お手紙もお花も渡せない、SNSをしていない、メディア露出も現役時代ほどではない今、町田ファンが町田さんにできることは多くない*3。だから、なにか目に見える形で協力できる貴重なチャンスだったなと今でも少し後悔している。


 10月1日
 Japan Open 2016@さいたまスーパーアリーナ
 Carnival on Ice 2016@さいたまスーパーアリーナ

 去年、関西よりも関東に行っている。どうりでお金がないわけだ。たまアリは2008年の椎名林檎10周年ライブ以来で、当時の記憶よりずっと狭く感じた。私は2013年全日本も2014年世界選手権もテレビで見たので、ああ、ここで町田さんはソチへの切符をつかんだんだ、ここであのエデンの東をやったんだ…と思うと、試合前から胸がいっぱいになった。
 こうやって振り返っていると、2016年は町田さんの新プログラムを前情報なしで2度見ている。なんとも心臓に悪い1年だった。


 10月9日
 DAICHI MIURA LIVE TOUR 2016 (RE)PLAY@神戸国際会館こくさいホール

 三浦大知さんは、一度生でパフォーマンスを見てみたいと思っていたので、友人に誘ってもらえてとてもうれしかった(本当にありがとう)。
 前々から「抜かれる用の度肝を用意しておかないといけない(そしてそれも足りなくなる)」と聞かされていたけれど、度肝抜かれすぎてハチの巣になるんじゃないかと思った。その場でポンと垂直に軽く跳ぶとか、足を蹴り上げるその一つ一つのちょっとした動きが、勢い任せではなく完全にコントロールされているものだと素人目にも分かった。体幹どうなってるんだろう。タイトル通り、頭の中で何度もリプレイしてしまう瞬間だった。あと曲と曲のちょっとした暗転の間、客席のイケてる女の子たちがだいちーーー!!と叫んでいてなかなかカルチャーショックだった。お客さんオシャレな人がいっぱいいたし見るからにダンスやってる人もいっぱいいた。初めて行く現場は客層を見るのも面白い。


 11月3日
 私立探偵ケイレブ・ハント/GREATEST HITS!@宝塚大劇場

 宝塚歌劇も一度見に行きたいと思っていて、家族とバスツアーで日帰り遠征してきた。雪組を選んだのは、単純に演目が面白そうだった&時代背景的に娘役の衣装が絶対かわいいと思ったのと、以前テレビで見た「ラ・エスメラルダ」の望海風斗さんに釘付けになってしまったからだった。実際に見たらやっぱりすごくかっこいいし歌もお上手で思わずブックマークを買ってしまった。舞台写真は売り切れていた。
 もともと、はるな檸檬さんの漫画がとても好きなので、観劇も「おお、これが漫画に出てきたアレか」と思いながら楽しむことができた。大きな劇場のはずなのに舞台が見やすいようにできているし、観客へのマナー喚起なども気が利いていて、初心者もファンも快適に観劇できる工夫がなされているのを感じる。そして、劇場に一歩足を踏み入れたときから、お客さんがスムーズに観劇を楽しめるようにありとあらゆる用意がされている。お買い物も食事もできるし、郵便局からフォトスタジオまであるし、もはや一つのテーマパークのようだった。ここにいる間は、現実から解放されて宝塚の世界に没頭できるようにできている。100年続くエンターテイメントの本気。機会があればまた観に行きたい。


 12月11日
 SPITZ JAMBOREE TOUR2016 醒 め な い@とりぎん文化会館 梨花ホール

 夏にブログに書いた通り、必死こいてチケットを入手したスピッツ。2年9か月ぶりのスピッツ。最上階最後列のいわゆるハズレ席なのだけれど、イントロが流れた瞬間、そんなのどうでもよくなってしまうスピッツ。ほんとに30年近くやっているのかと聞きたくなるようなMCをするスピッツ。「鳥取砂丘へ遊びに言ったら帰りのバスが無くなってしまい、砂丘から駅前まで歩いた。通ったトンネルが実は『出る』トンネルだったと後から知った」という話を、鳥取公演のたびにしてくれる草野さんが好きだ*4
 鳥取公演の時点で声がちょっとガサガサしていて、珍しいなと思っていたら翌日以降の公演がキャンセルされてしまって驚いた。お大事になさってください。というかここ何年かツアーのたびにキャンセルが出がちなので事務所はもっと余裕を持ってスケジュールを云々。


 12月24日
 12月25日
 第85回全日本フィギュアスケート選手権大会@興和薬品RACTABドーム

 書きたいことは沢山あるけれど、個人的に一番胸に残っているのが村上佳菜子選手のフリー「トスカ」。1ヶ月近く経った今でも、あの瞬間のなみはやドームを思い出すだけで鳥肌が立つ。一人だけ違う競技をしているみたいだった。会場全体を包む「こんな村上佳菜子が見たかったんだ」という興奮は、2014年の全日本の小塚さんのフリーのそれを彷彿とさせた。人目も憚らず泣いた。
 そして本郷理華選手の「リバーダンス」を生で見られたのがとても嬉しかった。何がなんでも全日本で上位に入ってやるんだという意気込みでプログラムを戻したのだと勝手に思っているのだけれど、やっぱりリバーダンスは彼女にぴったりで大好き。
 全日本はまだ2度目だけれどやっぱり独特な雰囲気があって、一人ひとり背負っているものが違っていて、見ているこちらも泣いたり笑ったり手拍子したり立ったり座ったり感情が忙しかった。今シーズンでこんなに胃が痛いのに、五輪代表がかかった来シーズンの全日本はどうなってしまうのだろう。せめてチケットの心配はしたくないので、たまアリでやっていただきたい。


 2016年は、前々から見てみたいと思っていたものをあれこれ見に行けて充実していたと思う。とりあえず今年は既に苗場ライビュとソウルルネッサンスが決まっているので楽しみ。目標としては、舞台「それいゆ」と及川光博さんのコンサートに行ってみたいと思っているところです。

*1:そしてその涙はエリカの登場ですっこんでしまった

*2:だって推しの耳に別の推しの歌声が入ってるんですよ、すごくないですか

*3:ショーで滑る姿を見たり、拍手を送ることがいかに贅沢で幸せなことか、分かってはいるつもり

*4:梨花ホールスピッツ見るのは3回目だけど、毎回このエピソードを話している

神様の箱庭で・「Ave Maria」雑感

フィギュアスケート レポート 町田樹

 「この機会のために用意した作品」という魔法の言葉に乗せられて、ジャパンオープン観戦のために、さいたまスーパーアリーナへ行ってきた。
 メインの試合よりもゲストのことを先に書くなんて我ながらどうかと思うけれど、テレビ放送がある10月9日までに書きたいと思ったので許してほしい。多分、いつにも増して気色の悪い文章になると思う。試合も大変素晴らしい時間となったので、追々書きたい。

 あの日は、とにかく町田さんの演技を見るのが怖かった。町田さんが特別な何かを用意している──何度も「全日本を見に来てほしい」と繰り返していた2年前を思い出し、胸が騒ぐのだ。もしかすると、今日が最後かもしれない。変な予感が胸の内にあった。
 考えすぎだと言われればそれまでだが、彼の本業が大学院生である今、「いつ私たちの前から姿を消してもおかしくない」という寂しさがチラつくのだ。だから毎回毎回「これが最後でも悔いが残らぬように」と心に決めて演技を見ている。それでもあの日は怖くてたまらなくて、曲が始まるまで顔を伏せていた。 

 音楽が静かに始まって、恐る恐る顔を上げたけれど、町田さんはリンクにいなかった。照明もついていない。客席に戸惑いが広がっていく。スケーターがリンクとバックステージを行き来する階段にスポットライトが当たったかと思うと、町田さんはPIWのオープニングで纏っていた黒い衣装で現れた。既存のリメイクではなく、新しいプログラムだ。そう悟った客席から、アリーナいっぱいに拍手が鳴り響く。そして、それとは異なる優しいさざ波のような拍手が遅れて聞こえてきた。今回はライブ盤の音楽を使っているらしく、録音された拍手もそのまま消していなかったのだ。最初は本当に波の音が入っているのかと思った。
 トランペットのアヴェマリアに乗せて、町田さんはひと蹴りひと蹴りの動きで魅せていく。一番の盛り上がりは、終盤のロングトーンに合わせた長い長いアラベスク。さっき拍手の音を波に喩えたけれど、穏やかな海をすーっと横切っていく一隻の船のような、静かなハイライトだった。最後は澄んだブルーのスポットライトと、その中心から少し外れた位置での祈るようなランジで締めくくられた*1
 「継ぐ者」「あなたに逢いたくて」に対して、この「アヴェマリア」は少し違う感覚で見ていた。今までの作品は、滑っている町田さんから同心円状に会場を支配する力が広がっていくイメージだったが、今回はさいたまスーパーアリーナの天井の方から、もっと大きな見えない力が働いているようだった。うまく言葉で表せないのだけれど、神様が、30m×60mの箱庭で、町田樹という人間を滑らせて遊んでいるような。町田さんと私たちのやりとりではなく、神様と町田さんの対話を端から見ているような。選曲が選曲だし、新横浜や東伏見よりずっと大きな会場で見ていたのも作用していると思う。

 演技の途中から「あれ、そういえばジャンプを跳んでいない」と気がついた。「ジャンプが無くても魅せられるプログラムを作ろうとしたのかな」と思っていたけれど、解説を読んで、それは町田さんの意図と少しズレているように感じた。私が今まで無意識に抱いていた「ジャンプを抜いて、その分をスケーティングスキル・スピン・ステップで補う」という感覚ではなく、「そもそもこの曲(と照明)には、ジャンプを入れる必要がない」という考え方だった。
 フィギュアスケートを見るようになって日が浅い私にも、強く印象に残っているジャンプ無しのプログラムは幾つかある*2。しかし、時にそれらには「ジャンプが無くても……」という枕詞がついていた。私も今まで、それに疑問を抱いたことが無かった。だから、そういうズレが生まれたのだろう。
 2014年の全日本前に放送されたインタビューで「ジャンプのためにプログラムがあるんじゃない、プログラムのためにジャンプがある」と話していたのを今でも思い出す。私はそれを「ジャンプにも意味を持たせてプログラムに入れている」というふうにしか受け止めていなかった。町田さんが競技のルールから離れた今、あの言葉には「ジャンプもあくまで表現手段のひとつに過ぎない」と続くのだろうか。必要とあらば6種類すべてのジャンプを入れてしまうし、必要ないなら、それまでなのだ。そういう意味では「継ぐ者」と「アヴェマリア」は対になっているのかもしれない*3
 解説の結びにあった「祈り」は、昨今の構成の難化に対して一石投じたいとか、ジャンプの成否ばかりに注目が集まる報道姿勢に警鐘を鳴らすといった、ジャンプ至上主義への反骨精神とは、おそらく少し違う*4。「とっておきのプログラムを作ったので披露します、ちょっと違うかもしれないけれど面白いでしょ」という、誤解を恐れずに言えば彼の無邪気さではないだろうか。引退後の作品群はどれも綿密に練られ、丁寧な解説がつけられ、新しい発表がある度にファンは謎解きをするようにプログラムを楽しむ。でも難しそうに見える作品群の根底には、至極シンプルでまっすぐな想いが共通してあるのだと、今回強く感じた。

 少し話が逸れるが、町田さんが引退して間もない頃、ツイッターにあれこれと書くことさえ躊躇ってしまう時期があった。これからは違う道へ進むのだし、メディアの前にも出てこないだろうし、そっとしておくのが一番いいんじゃないか。ちょっとしたことが迷惑になるのではないか。そんな葛藤をしながら毎日を過ごしていた。応援しててもいいのだろうか、と。ショーで定期的に姿を見せてくれるようになった今でも、時折そんな考えが頭を掠める。我ながら面倒くさいファンだなと思う。今回のアヴェマリアを見て、解説を読んで、その葛藤から少しだけ解放された気がした。とても都合のいい解釈だけれど、赦しというか、せめて祈ってもいいのかなと思えた。
 神様仏様マリア様、こいねがわくは、大海原へ漕ぎ出していく彼の旅が明るいものでありますように、どうかお護りください。遠くの街から、私は祈り続ける。



*1:もっと詳しく書けよと言われそうだけど登場の仕方が衝撃すぎて色々吹っ飛んでしまった

*2:ルール上ジャンプエレメンツがないカテゴリもあるけれど、ここではシングルの話として

*3:どちらもシューベルトだし

*4:彼に反骨精神が無いとは思わないけれど

チケットの一般発売でかなり消耗したけどいろいろと考えてしまった話

スピッツ

www.moae.jp


 竹内佐千子さんのマンガが好きで、このWEB連載「2DK」も毎回楽しみにしていた。「2DK」は、若手俳優のおっかけをしている女性2人がルームシェアをする物語だ。何かしらのジャンルを追っかけている人には共感できるポイントが盛りだくさんなので、是非読んでみてほしい。
 この第130話「本気」のエピソードを思い出しながら、私はロッピー前に立っていた。スピッツの一般発売に挑むために。

 スピッツはいわゆる「チケットが取れないバンド」だ。びっくりするくらい取れない。
 彼らの意向で、ツアーはアリーナではなくホールを主としている。はっきり言って、人気と会場のキャパが釣り合っていない*1。都市圏の公演ともなると、ファンクラブ先行もダメ元に近い。
 私は地方住まいなのもあり、以前はファンクラブの先行予約でチケットを押さえていた。会員更新を忘れていた「小さな生き物ツアー」も、モバイル有料会員になることで何とか事なきを得た。ところがどっこい、今回はそのモバイル先行予約すら忘れていたのだ。この時点で9割5分詰んでいる。ローチケの抽選先行はもちろん落選し、協賛である地元テレビ局やFM局の番組限定予約も参加できなかった。残された道は一般発売のみ。ほぼ負け戦と言っていい。

 そして冒頭に戻る。私は片田舎のローソンで、午前10時を待っていた。お店の方には長居して申し訳ないと思いつつも、ロッピー前で突っ立っていた。別の店舗でも姉がロッピー前で待機しており、今回は県外の友人にも協力をお願いした。(その節は本当にありがとうございました)
 ポンタカードを手元に用意し、ロッピーの画面にはLコードを入力しておく。10時の時報とともに、右下の「次へ」を押すイメージを、何度も繰り返した。一発目が勝負だ。ここで「ただいま混み合っております」などとメッセージが出ようものなら、そこで終わり。WEBでの申込みは最初から捨て、スマートフォンで時報を聞きながらそのときを待った。117をダイヤルしたのなんて何年振りだろう。

 これだけ必死に準備していながら、私は「どうせ取れないだろうな」「空売りかもしれない」と思っていた。さっき書いた通りスピッツのチケットは秒単位で売り切れるし、人気公演のチケットを一般で取れた経験は数えるほどしかない*2。百戦錬磨のロッピー使いたちや、ダフ屋のちょっとアレな手口には勝てないと思っていた。
 なので、一発で次の画面に繋がったとき、何が起こっているのか分からず、一瞬手が止まってしまった。心のどこかで諦めていると、いざ繋がったときに身体が硬直して動けなくなる。アスリートが、あれだけメンタルトレーニングとやイメージトレーニングに取り組んでいる理由が、やっと分かった*3。画面にはすでに「残りわずか」の文字。この一瞬の躊躇いが命取りだ。私は我に返って、急いで日にちを選び、枚数を入力し、ポンタカードを読み込ませた。電話番号と誕生日を打ち込んで、何回も出てくる「この内容で合ってるよな?手数料かかるけどいいよな?」というロッピーの念押しに耐えた。傍から見れば、たぶん1分もかからなかったと思う。
 長いレシートがじりじりとロッピーから吐き出される。私はその様をぼんやりと眺めていた。全身の力が抜けていく。

 やった。やりやがった、私。取ってしまった。

 姉に「取れた」と連絡をし、友人たちにお礼のメッセージを入れ、ふらふらとレジへ向かった。私は完全にハイになっており、手が震え、挙動もおかしくなっていたので、店員さんに苦笑いされた。チケットを発券し、コロッケを買って帰った。
 席は一番上の階、かなり後ろの列だった。それでも一向にかまわなかった。その場にいられること、スピッツの音楽に生で触れられることが何よりうれしかった。結局その日はそれだけで疲れてしまい、家でごろごろして休日が終わった。

 今回一般発売にあたって、前もってネットであれこれ検索していた。開始前にLコードを入れておくこと。ポンタカードを準備しておくこと。実際にやってみて他に気づいたことは、「練習」と「心を強く持つこと」だった。
 馬鹿みたいな話だが、一般発売の数日前、別の公演のLコードを利用して「ロッピーを使う練習」をした。最後の確定ボタンを押す手前までの流れを確認するために。自分のポンタカードに住所と名前が登録されていなければそこで分かるし、本番前に準備が出来る*4。今思えば、「なるべく早く手続きをする練習」もしておけばよかったなあと思う*5
 「心を強く持つこと」については先述のとおりである。「なんだよ精神論かよ…」と言われそうだが、実際にネットや電話が繋がったとき(うまくいったとき)、びっくりして身体が動かなくなった。どれだけ練習やイメトレをしていようとも、この一瞬がタッチの差になる可能性は大いにある。言霊の力は侮れないので、「行ける」「取れる」と口にするように日頃から心がけていたけれど、その一方で「でもどうせ取れないだろうな」と思っていた。ここが甘かった。「強い気持ちを持つ」というのは、ことをうまく運ぶためのものではなかった。本当にうまくいったときに、弱い自分が顔を出さないためのものだった。

 まさかチケットの一般発売のことを書いていたら自己啓発本みたいな内容になるとは思わなかった。でも本当にそう感じたので、今後また一般発売まで追い込まれたときのために、書き残しておこうと思った。
 そしてなにより、先行予約のありがたみを改めて思い知った。当たり前のことだが、先行予約で押さえられるものならば、それが一番いい。ファンクラブもそうだし、地元公演なら協賛テレビ局・ラジオ局・地元紙の先行予約をもっと入念にチェックすべきだった。今後は一般発売でこんなに消耗せずに済むよう取り組んでいかねばなるまい。先行予約最高!

 

 

 

*1:メジャーデビューは1991年だが、初の単独アリーナ公演が行われたのは2009年。今年のロックロックこんにちは!@大阪城ホールなど、イベントには大きな会場がちょこちょこ使われている

*2:一番興奮したのは、ファンクラブ先行でも取れなかったFORFIVEツアー明石公演をイープラス一般で取ったとき

*3:こんなことで比べるなんて失礼極まりないと重々承知の上で

*4:登録されていないまま一般発売に挑むと、ロッピーで名前や住所を手打ち入力しないといけなくなり、大幅なタイムロスになる

*5:もちろん、店員さんやロッピーを使いたい他の方の迷惑にならないように…

かっこのつけかた

ゴスペラーズ


 1年前の8月3日、朝。私は爆睡していた。前の晩に夜更かしをしたせいで、家族が身支度をする中、ひとり爆睡していた。
 当時の私は転職先も決めないまま仕事を辞め、ダラダラとニートをやっていた。今思えば、毎日何をやっていたのかさっぱり思い出せない。ただ、あの日のことだけはよく覚えている。
 いつも温和な姉*1がドタドタと足音を立てて2階へ駆け上がってきた。ぼんやりとした頭で、ああ忘れ物でもしたのかなと思ったけれど、そうじゃなかった。私をたたき起こすためだった。文字どおり、私を殴るくらい、ものすごい勢いで。

 起きて!あっちゃん起きて!
 北山さんが結婚したよ!!!!

 もし私がスッキリ目を覚ましていて、朝食を食べ終わった後なら、冷静に「は?何言ってんの?」くらい返せたかもしれない。しかし、ゆらゆらと意識が首をもたげ始めたばかりの私に、そんな余裕は無かった。「きたやま」「けっこん」だけで反射的に飛び起きる。あれは最早、訓練の賜物だと思う。北山陽一という名前に反応する訓練。7年くらいかけて培った能力。
 枕元のiPhoneをひっつかんで、ブックマークの一番上にある「GosTV」のURLをタップする。指先が震えていることに気がつく。つながらない。サーバーが落ちている。こういう時のツイッターだとアプリを開くと、タイムラインは驚きと祝福で溢れかえっていた。……ああ、本当なんだ。首回りの寝汗が、スッと引いていくような感覚があった。
 そこから、北山さんは独身ではなく既婚者として私の世界に存在するようになった。北山陽一(既婚)の世界線が始まった。パラレルワールドでも妄想でもない。現実。すごい。
 それ以前から、気の合う仲間とよく「北山さんはいつ結婚するのかなあ」「公式サイトに早く『大切なお知らせ』バナーを出してほしい」「明朝体のやつね」と言っていたが、いざ現実になるとものすごい衝撃。しかもお相手はピアニストの佐田詠夢さん。さだまさしさんのお嬢さん。現実はいつも妄想を超えてくる。

 私がゴスペラーズのファンになったのは2008年なので、メンバーの結婚報道に直面したのは初めてのことだった。つまり、自分のリアクションは未知数だった。
 もともと私の周りでは、先述のような悪ふざけが言えるくらい、結婚に対して歓迎モードだった。しかしそれでも、「推しメンバーの結婚」という未体験ゾーンへの不安は拭いきれなかった。知らないものに対して不安なのは、誰だって同じだ。
 そして、ある日突然やってきた「それ」は、「キャーーーーーーおめでとう!!」でも「やだーーーーーーーー!!わたしの陽ちゃんが!!」でもなかった。あの日の私は、ものすごく、穏やかだった。ただただ、じんわりと胸があたたかくなった。自分の大好きな人が、幸福を追求している。こんなにうれしいこと、他にあるんだろうか。

 階段を駆け下りて、朝の報道番組をザッピングしたあと、朝以降の芸能コーナーがある報道番組をあらかた録画予約する。ツイッターで今日買うべきスポーツ紙に目星をつけると、私は淡々と朝食を摂り始めた。あまりの冷静さに、私のゴスに対する熱中っぷりを知る家族は驚いていた。
 ただツイッターの様子を見ていると、やはりメンバーの結婚にショックを受けたり、落胆する人がいるのも事実だった。わたしのように淡々と受け止める人もいれば、寂しく思う人もいる。正しいとか、間違っているとか、本当のファンならどうすべきとか、そういうのはないと思う。いずれにせよ、私たちは彼らから夢を買っているに過ぎないのであって、その夢の中身は人によって違う。

 ゴスペラーズは、ヴォーカルグループでソングライターで40代なかばのおじさん5人組だけど、ショウマンでありアイドルなのだ。
 イクメンだのなんだのと騒がれて久しい世の中で、ゴスペラーズはびっくりするくらい子どもの話をしない。子どもどころか配偶者の話もしない。テレビでも雑誌でも、ファンクラブ会報でさえも。なんなら仕事中は結婚指輪を外している。レコーディング現場の映像で安岡さんが指輪をしていると、珍しいものを見たようでめtttっちゃ興奮する。話がそれた。
 ファンに見せるところと、見せないところの間に、大きくて分厚い壁がある。それは他の芸能人でも同じだけれど、ゴスペラーズは特にその壁の存在が分かりやすいというか、あえて分かりやすくしている感じすらある。なんてったって、ゴスペラーズは基本的に「かっこつけている」のだ*2
 そりゃコミカルな振り付けもあるし、コントみたいな芝居もするし、MCは全力で笑いを取りに来るけれど、それらはあくまで「こういう一面もあるんですよ」という芸の幅広さの表れなのであって、5人が揃いの衣装でバッチリキメて歌えることが前提にある。それはヴォーカリストとしての技術が伴わないとできないことだ*3
 若い男の子たちみたいに「かっこいいからかっこいい」とか「かっこつけないところがかっこいい」んじゃなくて、「かっこつけてるからかっこいい」。そんな人たちがいたっていいじゃないか。どれだけ世の中が「いい夫・いい父=かっこいい」という流れになっても、姿勢を崩さない5人が、私は好きなのかも、とここまで書いて思った。奥さんや子どもの話をされたところで、別にがっかりしないしイメージが崩れるようなことはないけれど、5人が触れないと言うのなら、私はその壁をハイハイと受け入れる*4

 1年間のことを思い出しながらブログを書いていたら、なぜか「ゴスペラーズのかっこつけかた」の話になってしまった。
 1年目の結婚記念日は、紙婚式というらしい。最後になりましたが、北山陽一さん・詠夢さん、紙婚式おめでとうございます。

 

 

*1:彼女は特にゴスのファンってわけではないです。ライブには何度か連れて行ったのでメンバーの顔と名前は分かります

*2:「永遠に」が売れる前、お笑い深夜番組に出ていた話は置いておいてほしい

*3:演奏がへたくそなコミックバンドほど悲惨なものはない

*4:でもたまには家族の話をしてくれたっていいんだよ!なごむから!私が!

初演の衝撃・「あなたに逢いたくて」

フィギュアスケート レポート 町田樹


 長文を書きたくなった時だけブログを更新しているので、見てくださる方もいらっしゃらないと思うけれど、とにかく文に残しておきたかった。
 公演回数を重ねれば、他の方の感想も読めるようになるだろう。自分の解釈との相違点も出てくるだろう。でも、今書いておかねば、と思った。

 プリンスアイスワールド2016横浜公演初日。
 どうしても、町田さんの新作をこの目で見たくて、会場へ足を運んだ。
 昨年と同様、初演の最初の1秒まで、曲名も衣装もコンセプトも一切非公開の新作を、何も知らないまま受け止めてみたかった。
 ショーも終盤にさしかかったゲストコーナー、大きな拍手と歓声が止んで流れてきたのは、聞き覚えのあるバラードのイントロだった。

 ──え、音響さん、これ……町田さんの後に流す曲じゃないの?

 今年のPIWのテーマが「J-POPS!」だったために、最初はそんなことを考えてしまった。でも、リンク北側に佇む町田さんは、南側の誰もいないスポットライトに向かって、ゆっくりと滑りだす。
 私は、音楽に精通している方ではない。フィギュアスケートを見るのは大好きだけれど、初見ですぐに「あ、あの曲だ」と分かるのは稀だ。
 そんな私でも知っている、なんならソラで歌える。松田聖子さんの「あなたに逢いたくて 〜Missing You〜」だった。
 2014-2015シーズンから、試合でもボーカル曲を使えるようになったフィギュアスケート。当時町田さんは「歌詞があるということは、言語化されているということ。歌詞に『悲しい』って言葉が入っていたときに、『うれしい』という表現はもはやできない。そういう意味では表現の自由は狭まるかもしれない。*1」と話していた。そして現役最後のフリープログラムに選んだのは、ポップスでもオペラでもなく、第九の合唱だった。
 そんな彼が、ソロボーカルの曲で滑るのも驚きだったし、まさか日本語の歌詞を選ぶなんて想像していなかった。失礼を承知で言えば、正直選曲に対して「町田樹っぽくない」とさえ思っていた。

 振付、身体の動き、技術などは相変わらず町田さんのカラーが濃く出ている。しかし、人間離れした印象だった「継ぐ者」から急ハンドルを切ったような、強烈な人間臭さを感じた。昨年は感想に「見ちゃった」という言葉を選んだが、今年は「見ちゃいけない」と思ってしまうほどの、艶めかしさ、生々しさがあった。
 「フルコーラスで滑った」「まさかすぎる」「なんか、なんか、よく分からないんだけど、ものすごく色っぽい」口元を撫でる指先、北へのたっぷりとした美しいイナバウアー、要所要所のジャンプ、最後の膝を抱える表情。10ヶ月半ぶりに生で見た町田さんの演技は情報量が多すぎて、とにかく頭がキャパオーバー状態になっていた。終演後、公式サイトに今回の作品への思いが綴られていたが、とても頭に入ってくる状態ではなく、私はくらくらしたまま午後の公演を見る羽目になった。

 その日の夜、酒を舐めるように少しずつ少しずつ公式サイトのコメントを読み進めた。「二次創作」という言葉を交えながら語られるそれは、いっぱいいっぱいになっていた私の頭の中に、隙間を縫って染み込んでいった。

 「歌詞をそのまま表現する人でなく、歌声に『応答する』人として位置づけます。」

 では、その「応答する人(=踊る人)」が露わにしているのは、歌詞そのものでなければ何なのか。帰りの高速バスに揺られながら、考え込んでしまった。
 J-POPのキャッチーな歌詞とメロディは、訳さずとも耳にするだけで直に感情を揺さぶり、強く頭に残る。様々な歌詞に出てくる「私」「ぼく」「君」「あなた」に、自然と己や誰かを重ねてしまう。今回のPIWにはJ-POPがふんだんに使われていて、その曲を聞いていた当時の自分を思い出す人も多いと思う。J-POPには、そういった強みがある。ともするとこのプログラムは、「あなたに逢いたくて」に触れた時の町田さんの感情の起伏や、呼び起こされる記憶が、あまりフィルターを通さずそのまま溢れてきているのではないか。
 桐原亮司のような物語の登場人物や、シラーの詩を表現するのとは違う。歌詞の「私」をそのまま演じるのも、少し違う。この楽曲が町田さんの琴線にふれた時に湧いてくる感情、思い出、頭によぎる誰かのことが、「応答する人」の身体表現に昇華されて、氷上に横たわる。そういう意味では、今までのプログラム群の中でも一番「町田樹っぽい」像が、私たちの目の前に現れている。私は、初めてこのプログラムを見たときに感じた異様な生々しさ・人間臭さの理由を、そこに見出すことにした。
 町田さんにしては珍しく、演技中にアクセサリーをしているのも気になった。もしあれが日頃から愛用しているものなら、なおさら「フィギュアスケーター町田樹」よりも内側の「ふつうの大学院生・町田樹」に近い作品なのではなかろうか。(オープニングでも身につけていたし、このあたりは推測もいいところなので軽く読み流してほしい)

 いち個人の勝手な解釈なので、町田さんの意図に反するところもあると思う。というか、絶対ある。1週間もすれば私の考えも変わっているかもしれない。現に、1年前に書いた記事は今読むと削除したくなるほど恥ずかしい。でも、それでいいと思う。初演で受けた衝撃を書き残しておけるのは、今だけなのだから。

 

 

*1:【言葉ってすごいねII(1)】言っちゃったよ、ビッグマウスで崖っぷちに追い込んだ…町田樹の物語 - 産経WEST

http://www.sankei.com/west/news/140628/wst1406280064-n1.html

4/26 PIW感想・「継ぐ者」に寄せて

フィギュアスケート 町田樹 レポート


 4月26日、新横浜スケートセンターにて「プリンスアイスワールド(PIW)2015」を鑑賞してきた。

 町田さんが氷上に帰ってくる。そんなニュースが飛び込んできたのは2月のこと。いわば1年ぶりの逆バレンタインだった。喜びのあまり、スケジュールなど一切考えずにS席を取ったのだけれど、縁あってEXシートの2列目に座る事になった。憧れの氷上席!私は期待に胸を膨らませながら、朝一番の特急列車に乗り、新幹線を乗り継いで、新横浜へ向かった。
 新横浜スケートセンターは初めてだったが、テレビで何度も見ていたため、周囲の様子も何となく見覚えがあった。「全日本ジュニア、この辺の道端で羽生さんが練習をしていたな」「去年、あの窓を背にインタビューを受けていたな」と思い出しながら、入場待機列に並んでいた。
 中に入ると、分かってはいたが、町田さん宛のスタンド花が1台も無い。去年、ファン同士で集まってお花を出したことを思い出し、一抹の寂しさを覚えた。外の快晴が嘘のように肌寒い。でも皆そんなのお構いなしに、まだかまだかと開演を待っていて、高揚した空気で会場は充満していた。

 PIW自体初めての鑑賞だった。プリンスアイスワールドチームのグループナンバー、今村ねずみさんの演出、本田武史さんや荒川静香さんら豪華な面々。今回はEXシートだったので、終演後にスケーターさんへ直接花束を渡したり、少しお話もできる「ふれあいタイム」もある。日本で長く続いているゆえに、他のアイスショーとは違う楽しみが沢山あった。
 滑った後に吹いてくる風やエッジの音、しぶき、その臨場感に寒さも忘れ、ドキドキしっぱなしの2時間だった。「ラブ&シネマ」のテーマに沿って、ときにはお客さんを車に乗せ、氷上に連れ込む。緩急のある演出はちっとも間延びしない。荒川さんはルックスも技術も、本当に半年前に出産されたのかと思うほどだった。個人的には太田由希奈さんの演技がとても印象的で、ジャンプがなくてもスケーティングやスピンでこれだけ魅せることができるのかと驚いた。PIWへの出演は今回が最後だと聞き、とても残念に思う。

 全体の感想もまだまだ書きたいのだけれど、町田さんの新しいプログラムについて書きたい。
 私は、新横浜へ向かう新幹線の車内で、既に公演を観た人のツイートに目を通していた。
 シューベルト「4つの即興曲 D.899 Op.90-3 変ト長調」をノーカットで使っていること。ゆえにフィギュアスケートのプログラムとしては異例の6分弱もあること。そして、「継ぐ者」という名前。終演後は、観客と言葉は交わさず、リンクをサッと1周してすぐにハケてしまうこと。(公演を重ねるごとに周回が増えたりゆっくり回ってくださったり、このあたりは変わっている模様)
 「町田さんはプレゼント・花束・手紙など一切を受け取らない」というのは事前に告知され、もともと何も用意していなかったが、鑑賞後ほやほやの感想を直接伝えられないのは残念だな……という気持ちも正直あった。もうそれでしか、町田さんに演技の感想を伝える術は無いと思っていたから。

 しかし、そんな私の考えは、あの6分間で完全に打ち砕かれた。

 単に贈り物の辞退のこと、今回のふれあいタイムのことだけではない。この4ヶ月間、私の中で燻っていた「まだまだ競技の第一線で戦えるはずなのに」「せめて引退前に、すべての要素が揃った第九が見たかった」「なぜ今?」「どうして?」という気持ちさえ、全部粉々になってしまった。
 あの演技が、町田さんからの答えだった。彼が今やりたいのは、こういうフィギュアスケートなんだ。そして、それはどうしても競技の枠に収まりきらなかったんだと、あっさり腑に落ちた。突然の引退も、あれきり皆の前から姿を消したのも、本人から何も語られなかったのも、すべて必然だった。もう花束も言葉もいらなかった。滑り終わった瞬間、客席から湧き上がる拍手とスタンディングオベーションで、私たちと町田さんとのやりとりは完結していた。それくらい「継ぐ者」は衝撃的だった。

 終演後、私の口から漏れた第一声は「見ちゃった」だった。鑑賞というより、目撃に近い感覚。そっと息を殺し、自分の存在を消し、少しでも声を漏らしたら消えてしまうのではと思うほど、町田さんは会場の空気を支配していた。ペンライトを振る余裕など無かった。私はあまりバレエに詳しくないので、細かい技や動きの名前は分からないのだけれど、本当に氷の上でバレエダンサーが舞っているようだった。ところどころ、過去のプログラムを彷彿とさせるような振り付けもあり、今まで町田さんが歩んできた道程と、これからが交差するようなプログラムだと思った。ひらひらと風と戯れるようなレイバックスピンが目に焼きついて離れない。

 あれから、「『継ぐ者』とは誰だったんだろう」と考え込んでしまう。第九の作曲者・ベートーヴェンを慕ったシューベルトかもしれないし、フィギュアスケートの歴史の中の町田樹本人かもしれない。生きとし生けるすべての命だとすれば、そこから転じて私自身のことかもしれない。きっと正しい答えは無い。
 家に居ながら無料で何でも見聞きできるご時世に、チケットを買い、時間をやりくりし、会場へ足を運んで席に着き、演者と観客と空気を共有する。その後で、あれは何だったんだろう、自分に何が残るのだろうと考える。そして自分なりの答えを血肉にしていく。それが、あのプログラムの、ひいては町田さんが目指す舞台芸術の本質なのかもしれない。都合のいい解釈だけれど、そう思うと、ご本人に感想を伝えてわざわざ答え合わせをする必要は無いな、という結論に至った。

 アスリートはどうしても「選手時代が頂点、戻れるものなら戻ってほしい」という風潮があるが、PIW鑑賞後は、町田さんに対しそのような気持ちも消えてしまった。代表に選ばれた世界選手権を辞退し、大西コーチにも当日伝えたという、あの引退。惜しむ声も批判も沢山あったと思う。実際、来シーズンの世界選手権の代表枠が減ったことに絡めて批判をしている記事も目にした。それらも含めて黙らせてしまうような、「このタイミングでなければいけなかった」と言わんばかりの、身を削るようなプログラムと演技だった。点数に縛られなくなった今なお、技術がなおざりということは全くなかったからだ。助走を限りなく短くして突然跳ぶ3回転ジャンプや、6分滑りきるだけの体力の維持は、現役選手でも難しい。キャメルスピンなんて前よりきれいになってるんじゃないかと思った。仮に身体的限界が来るまで選手生活を続けたとして、その後に「はい、自由に作品を作っていいですよ」となっても、これだけ体力も技術もいるプログラムを、今のようなクオリティで観ることができただろうか。

 たしかに引退したのに「引退」という言葉がそぐわないと感じてしまうほど、町田さんは新しい段階へ進んでいた。競技の延長線ではなく、フィギュアスケートを純粋な身体表現、総合芸術に昇華しようとしている。現役選手たちが、より難しいジャンプや得点でフィギュアスケートを進化させるように、別の方向からフィギュアスケートを進化させる、新しい挑戦。これからへの期待で胸がいっぱいになった。
 大学院へ進み、研究者への第一歩を踏み出した町田さん。コーチでも振付師でもプロスケーターでもない、轍のない道。ちょうど1年前、雑誌のインタビューで「今、僕のやることなすこと『は?』とハテナマークで反応されがちです。でも道を切り拓く、最初の人間ってそういうもの。僕に続く人が現れてくれれば、これ以上の幸せはありません」と話していたのを思い出す。今はまだ、長い長い物語の、新章が始まったばかりなのだと思う。5年、10年、20年経ったころ、鮮やかな伏線回収が待っている気がしてならない。